このコラムを書いている時、長嶋茂雄氏(89歳)の死去を知った。
 ON砲として、長年、日本野球界を背負った方である。悲しいことだ。
 記録の王、記憶の長嶋といったところだろうか?
 去る5月26日、福岡に向かった。PayPayドームでの福岡ソフトバンクホークス対日本ハムファイターズの試合だ。(但し、僕は鹿児島で取材があり、到着したときには試合は7回) 
 僕の高校は東京の早稲田実業(早実)だ。多くの有名人を出しているが、分けても野球部からは多くのスターが生まれている。最近では清宮。その前は斎藤(ハンカチ王子)、さらに荒木大輔などなど。
 しかし、何と言っても誰もが知っているのは「世界の王貞治」だ。


 1940年5月10日、東京都墨田区本所、中華料理店を営む両親の下6人兄弟の次男として生を受けた。父は台湾、母親は日本人である。
 兄は慶應大学の医学部まで進学している。店は繁盛店であったようで、又、父親が人格者で台湾人でありながら、近所でもとても慕われていた(中学時代、投手だった貞治少年が試合に勝ち、グローブを投げて喜びを表した事を、兄と父親から「敗者に対する配慮が足りない」と厳しく叱責されている。それ以来王さんは敗者に対する思いやりを忘れない。
 生まれた時は病弱で、出生届けも10日遅れで出したらしい。
 そんな彼が中学2年のころ、高校生に混じって野球の試合をしていたら、犬の散歩に来ていた後の恩師、荒川博さんが「なぜ左効きなのに右打席で打つのか?左で打て」と割り込んできた。王少年は素直に左打席に立ち、痛烈なヒットを放つ。それ以来左打者だ。
 荒川さんは王少年に「早稲田大学の野球部に来なさい」と薦めたが、王少年は「その前に高校に行かないと」と話したのは有名な話である。
 通算868本の本塁打を打ち、巨人をV9に導いた。フラミンゴ打法は誰も真似できないものだろう。
 台湾国籍でありながら、日本第一号の国民栄誉賞を受けた素晴らしい方である。
 その王さんの誕生日を後輩たちが祝おうと云う趣旨で毎年開催されている。
 試合はホークスは4対2で負けたが、ファイターズの清宮が素晴らしい18号ホームランを打ってくれて良かった。
  その後、後輩達の計らいで王会長(ホークス)の隣に座らせてもらった。 その時のやり取りを記したい。



沈 : 「会長、お久しぶりです。今日の清宮のホームラン、如何でしたか?」

王会長 : 「素晴らしかった。インパクトも軌道も申し分ないね」

沈 : 「会長はホームラン30本打ちながら、現役を引退されましたが、まだやれたのではないのですか?」
王会長 : 「そうかも知れない。しかし、昔、50本打てた自分が30本しか打てない。 その分、チームに対する貢献度が落ちている、と感じていた。自分が巨人軍の4番を打って良いのか?と」

沈 : 「投手は打たれまいとして、球を投げますね。打者はその裏をかくのですか?」

王会長 : 「投手はどうやって打者に意地悪をしようかと考えている。ブルペンではとにかく早い球を投げるが本番では違う。四隅に投げられたら、とても打てないよ。しかし、必ず失投はあるものだ」

沈 : 「投手の手から球が離れて、僅か一秒そこそこで失投を狙うのですか?」

王会長 : 「その為にとにかく練習をするんだ。今の僕は投手の投げる球の軌道は追えないが、あの頃は出来た」

沈 : 「清宮に対してアドバイスをお願いします」

王会長 : 「欲を持て、と言いたい。金や名誉ではなくて、会心の当たりの感触を続けていこうとする欲だ。左打者はやがて力が落ちてくると打球がセンターから、レフト方向に飛ぶ。右打者も同じようにセンターからライト方向に飛び始める。35歳が選手の限界だ。しかし、イチロー君の様に、左打者でありながら、常に右にファールを打つ練習を繰り返した結果45歳まで仕事が出来た。清宮に伝えたいのはその欲だ」

沈 : 「後輩たちにメッセージはありますか?」

王会長 : 「求めないものは得られない。君も十五代だけど、実は初代なんだ。2世なんてものは存在しない。常に皆が初代なんだ」

沈 : 「だから一本足打法は王会長だけのものなのですね」

王会長 : 「皆が自分の形を持っているからね」


 素晴らしい会話でした。


その時、隣にいた音楽家の小室哲哉さんが一言。
 「そうなんだよね。僕もメロディーラインを読まれたり、小室らしいねって言われるのが嫌で、頭を絞るんだ」
 すると王さんが「そうだね。35歳過ぎると絞り出さないと出てこないんだ」と。
 続けて小室さん。
「僕、1600曲作ったんですよ」と。
 我々も初期衝動で作るときの方が良いものが出来る。経験を積んだ後の産みの苦しみの方が大きい。
 二人の偉大な先輩の言葉は、やはりとてつもなく深かった。


 やがて王さんが帰った後、シャワーを済ませた清宮が顔を出した。
沈 : 「清宮くん、王さんが今日のホームラン、褒めてたよ」
清宮 : 「マジっすか?めっちゃ嬉しいです。」
沈 : 「この感触を続けられる欲を持て、とのことだよ」
清宮 : 「分かりました!」
 握手した清宮の手は大きく、ガサガサの素振りタコが頼もしかった。